夢洲下水道プロジェクト
土木・建築・プラントを横断し、複雑条件を最適化する統合設計
2025年大阪・関西万博の開催地・夢洲の下水道設計を行った本プロジェクトは、土木・建築・プラントの各分野が複雑に交錯する、極めて高度な条件下で進められた特殊案件です。当社の特長である、土木・建築・プラントを横断する一気通貫の設計体制により、各分野を個別に最適化するのではなく、プロジェクト全体を見据えた統合的な判断を行いました。
既存インフラとの干渉や施工条件、長期運用を見据えた制約など、多様な要件が同時に求められる中で、これらの複雑な条件を整理し、全体最適となる設計を実現しています。このような複合領域プロジェクトにおいては、分野横断での統合的な設計判断が不可欠であり、本件はその有効性を示すプロジェクトです。
| 所在地 | 大阪市 |
|---|---|
| 供用開始 | 2025.01 |
| 施設用途 | 下水道 |
| 業務概要 | 基本計画 306ha(汚水、雨水計画) 都市計画決定 都市計画事業認可 下水道事業計画 |
| 施設概要 | 汚水管(夢洲) 6.4㎞ 雨水管(夢洲) 4.7㎞ 夢洲抽水所 計画排水量 24.3㎥/分 送水管(抽水所間) 4.2㎞ 舞洲抽水所 計画排水量 37.0㎥/分 |
プロジェクトストーリー
動かせない開幕日
万博を支えた夢洲の水インフラ設計
2025年大阪・関西万博の開催地である夢洲(ゆめしま)。華やかな万博会場を足元から支えていたのが「水のインフラ」です。これがなければ、万博の運営そのものが成り立ちません。
ところが、万博開催が決定した当時、夢洲の下水道整備はほぼゼロの状態でした。しかも、地盤は年々沈下を続ける軟弱な埋立地です。「開催日は絶対に動かせない」という国家プロジェクトの重圧の中、昭和設計の水工チームは基本計画から実施設計までを一貫して担当。夢洲抽水所、舞洲抽水所、海底共同溝内の送水管、島内管渠など、下水道インフラ全体を設計として形にしました。このプロジェクトの舞台裏を振り返ります。

沈み続ける島 通常の設計セオリーが通用しない埋立地との戦い
Q. 夢洲は将来1m以上の地盤沈下が想定されていたそうですね。設計にどう反映されましたか。
まず前提として、この沈下量は推測ではありません。別業務で長年にわたり実測と解析が行われており、十分なデータが蓄積されていました。発注者である大阪市からも、「将来的にさらに1m程度沈下する可能性がある」「毎年5~10cm程度沈下している」といった具体的な数値が示されており、それらを設計条件として扱う必要がありました。
厄介だったのは、下水管が自然流下を原則とすることです。地盤が沈下して勾配が変化すれば、水は流れなくなります。本来であれば経済性を考慮して浅く埋設するのが一般的ですが、今回はあえて深めに埋設し、勾配も通常より大きく確保しました。工事費は増加しますが、将来的な地盤沈下後も機能を維持できることを優先した判断でした。
抽水所の基礎には、40~50mに及ぶ長尺杭を採用しています。一般的には、今回支持層とした洪積層まで到達すれば沈下は抑えられると考えられています。しかし夢洲では、他の埋立地と同様に支持層自体が長期的に沈下していきます。その沈下量をシミュレーションした上で、高潮浸水のリスクも考慮し、床の高さに余裕を持たせました。また、管渠との接続部にはゴム製の可とう継手を採用し、沈下が発生しても破断しない構造としています。
沈下を無理に抑え込むのではなく、沈むことを前提に、沈んでも使い続けられる施設を目指す。それが夢洲における設計の基本的な考え方でした。
Q. 地盤沈下以外に、埋立地ならではの難しさはありましたか。
道路地下には電気、通信、水道、ガスなど、多くの埋設物が集中しており、それらとの取り合い調整に多くの時間を要しました。計画どおりに進まない場面も少なくありませんでした。

海底トンネルに2本の管 「止めてはならない」インフラの二重化
Q. 送水管の2条化や通信回線の二重化など、手厚い危機管理体制ですが、どのような判断で決定されたのでしょうか。
判断の起点となったのは、「故障したときに本当に復旧できるのか」という視点でした。送水管は海底共同溝内に設置されるため、何らかのトラブルが発生しても簡単に立ち入って修理できる環境ではありません。道路下であれば掘削による復旧が可能ですが、海底共同溝では復旧に要する時間もリスクも大きくなります。そのため、そもそも停止しない構成を目指しました。
送水管は2条化し、一方が使用不能になっても、もう一方で送水を継続できるようにしています。コストは増加しますが、復旧の困難さを考えれば必要な投資だと判断しました。
通信回線についても同様です。単純に2系統を設けるのではなく、異なる電気通信事業者による2系統構成としました。同一事業者による冗長化では共通要因による同時停止のリスクが残りますが、事業者そのものを分けることで、一方に障害が発生しても通信を継続できます。
技術的に特別難しいことを行ったわけではありません。しかし提案段階で速やかに採用が決まったのは、「このインフラは絶対に止めてはならない」という認識を、発注者と当社が共有していたからにほかなりません。

建築法令基準適用の折衝 後戻りできない現場で枠を固める
Q. 設計面で特に困難だったことは何ですか。
建築分野で苦労したのは設計そのものだけではありません。土木・建築の複合構造物に対して当時確立されていた建築確認審査制度について、見直しの折衝を行ったことでした。
抽水施設は、地下の土木構造による水路と地上部の建築施設が一体化した複合構造物です。
2005年の構造計算書偽装問題以降、建築確認審査は厳格化され、複合構造物については土木構造部分まで確認申請の審査対象となっていました。設計着手時点の建築指導課の運用方針では、建築確認審査が完了しなければ土木躯体工事に着手できず、さらに土木躯体工事についても建築士による工事監理が必要とされていました。
つまり、建築・建築設備設計が完了し、建築確認申請の承認が下りなければ土木躯体工事に着手できず、全体工程に間に合わない状況だったのです。
他の政令指定都市での協議実績もあったため、施設基本設計の完了後、速やかに建築指導課との事前協議を開始しました。
建築指導課にとっても複合構造物に関する建築指導制度の見直しとなるため、一定の時間を要しましたが、最終的には当方の要望に沿った回答を得ることができました。
その結果、土木躯体工事については土木工作物として取り扱うこととなり、建築指導課による審査や着工時の建築確認、建築士による工事監理も不要となりました。
これにより土木工事の発注も円滑に進み、プラント設備、建築、建築設備との設計上の取合い調整もスムーズに行うことができました。
管渠工事についても、後戻りのできない現場との戦いがありました。設計図書を納品しながら、一部ではすでに工事が進行していたのです。
開幕日という動かせない期限がある以上、設計完了後に着工するという進め方はできません。しかし、一度施工したものは簡単にはやり直せません。そのため、細部を詰める前にまず全体の枠組みを固め、大きな手戻りが発生しないよう慎重に進めました。

「ほんまに流れるんやろか」 長距離圧送への不安と試運転の安堵
Q. 技術的に最も不安だったのはどの部分ですか。
圧送です。夢洲抽水所から舞洲抽水所、さらに此花下水処理場へ。この長距離を本当に圧送し切れるのか、ここが最後まで気がかりでした。
新規の管渠だけならまだよかったのですが、途中から既設の管渠を使わなければならない箇所がありました。古い図面を探しても読み取れないものが多く、損失計算に必要な情報が揃わない中で進めるしかありませんでした。手を尽くしても、最後は確からしさを積み上げていくしかない領域でした。
加えて、基本設計の段階で発注者が方針決定に苦慮されなかなか決まらず、「あと2〜3ヶ月でどうまとめるのか」という場面が何度かありました。全体会議の場で、早期の決定をお願いしたこともあります。
正直なところ、「ほんまに流れるんやろか」という不安は最後まで消えませんでした。工事が終わって試運転をし、実際に水がきちんと送られたときは、やはりほっとしました。流れなかったら、大変なことになっていましたから。
電気設計にも、先の見えない中で進める難しさがありました。発注者側の要望が変わり、仕様が変更されれば、電気の設計図書はほぼ全面的に作り直しです。納期が詰まる中、関係各所への確認のため、1ヶ月の間に何度も打合せに出向きました。新しい発注者の担当者は非常に厳しい方でした。ご自身も設計ができるだけに、要求も高い。こちらも計画図を何枚も描いて応えた結果、最終的にはしっかりコミュニケーションが取れるようになりました。振り返れば、そのやり取りが良い設計につながったのだと思います。

開幕3ヶ月前に完成
全セクションが一体となってやり遂げたプロジェクト
工事が完了したのは、開幕日の約3ヶ月前でした。万博を開催・運営するためには下水道が不可欠であり、その責任は常に感じていました。発注者である大阪市の側も関係部署が多く、なかなか内部で方針がまとまらない。そうした状況の中、納期が迫ってようやく方針が決まり、何とかまとめ上げた、というのが正直な実感です。
圧送の距離にしても、地盤沈下の規模にしても、これまで経験したことのない領域でした。それでも、水工部門として企画・管渠・土木・建築・プラント機械・電気の全セクションが一体となって取り組めたことで、この複合的なプロジェクトを完遂できたのだと考えています。