髙島屋東別館リノベーションプロジェクト PM業務
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マネジメント・コンサルティングへページ遷移します。昭和初期から1960年代まで百貨店として使われていた建物をアールデコ調の意匠を最大限に残して、ホテル・飲食店舗・史料館・事務所に用途変更するプロジェクトである。
設計・改修工事にあたっては、賃貸面積を拡大し館全体の収益性を高めることを目的とし、かつ、『“変わらないのに新しい”をかたちにする』をテーマに、外装意匠や内部の階段やエレベーター廻りなどの特徴的な装飾意匠を出来る限り残し、「新旧が交錯する空間」を目指した。
発注者は事業推進部門、建物管理部門、史料館部門の三部門が関わり、建築設計・施工者、内装設計者、テナント、テナント内装設計者・施工者等多くのプレイヤーが関係する中、スケジュールマネジメント、コストマネジメントを軸に、会議運営、課題解決支援、登録文化財登録支援他、関係者コミュニケーションのハブとして、プロジェクトの全体マネジメント行い、4年以上に渡る長期プロジェクトの円滑な推進に寄与した。
(プロジェクト体制)
プロジェクト・マネジメント 昭和設計
設計施工 竹中工務店
構造設計 創和設計
ホテル内装設計 髙島屋スペースクリエイツ
史料館展示設計 髙島屋スペースクリエイツ、日展
| 所在地 | 大阪市浪速区日本橋 |
|---|---|
| 竣工年月 | 2019.11 |
| 延床面積 | 41,337㎡ |
| 構造 | SRC+S |
| 階数 | B3-9F |
| 施設用途 | 宿泊施設 商業施設 展示・記念施設 オフィス |
| 施設概要 | ホテル客室:313室 |
| 受賞 | 2022年度 CM選奨 |
| 撮影者 | 竹中工務店 |
プロジェクトストーリー
重要文化財指定に向け歴史的建築を未来へ繋ぐ
コンストラクション・マネジメント
昭和初期に百貨店として開業し、大阪・日本橋の街並みを象徴する歴史的建築として親しまれてきた「髙島屋東別館」。築90年を超え老朽化の課題を抱えるこの建物を、滞在型ホテルや飲食テナントを含む収益物件へと転換するコンバージョンプロジェクトが動き出しました。
多数の利害関係者が交錯し、幾多の困難が立ちはだかったこのプロジェクト。発注者の側に立ち、適正なコストとスケジュールで全体を牽引したのが昭和設計です。プロジェクトマネージャーとしてコンストラクション・マネジメント(CM)を担当した古塚浩史(現:設計推進部・部長)に、プロジェクトのリアルな裏側と仕事のやりがいについて聞きました。

「技術支援」から「全体マネジメント」へ
昭和設計参画の背景
Q. 本プロジェクトに昭和設計が参画された当初、どのような状況だったのでしょうか。
古塚: すでに設計施工者として決まっていた竹中工務店の主導で計画が進行していました。ただ、発注者の髙島屋様は「プロジェクト全体を俯瞰できる立場の人間がいない」という不安を抱えておられました。特に追加コストを含めた全体像が見えないまま意思決定を求められる状況に、困惑されているのが伝わってきました。
Q. 最初は「技術的なサポート」というご依頼だったそうですね。
古塚: はい。ただ、状況を深く伺ううちに、お客様が本当に求めているのは個別の技術回答ではなく、「複雑に絡み合う利害関係を整理し、発注者の立場でプロジェクトを前に進めてくれる存在」だと感じました。であれば、中立的な視点で全体をマネジメントするCM業務こそ最適だとご提案し、お任せいただくことになりました。

4年を超える対話
関係者をつなぐ「翻訳役」であり「橋渡し役」
Q. このプロジェクトを進めるうえで、特に苦労されたのは「合意形成」でしょうか。
古塚: おっしゃる通りです。発注者である髙島屋様の内部だけでも、建築部門・賃貸部門・史料館部門があり、それぞれご要望の温度差がありました。さらにホテル事業者、フードホール事業者、各社の内装設計者、そして建物全体の設計・施工を担う関係者。関係者の数だけ「正解」があるような状況でした。
Q. 4年以上の期間で、定例会議や関連会議の回数は300回を超えました。どのように意見をまとめていったのですか。
古塚: 私たちは、常にコミュニケーションの「ハブ」であり続けることを意識していました。複雑な建築の専門用語をビジネスサイドの皆様に噛み砕いて「翻訳」し、逆に契約上直接言いにくい要望を伝える際の「クッション役」を担いました。
「誰が・何を・いつまでに決めるか」を細かく整理し一覧化するとともに、時には各所へ直接足を運んで働きかけました。ドライな進行管理ではなく、関係者それぞれが納得できる着地点を探し続けた日々でしたね。

「ホテル撤退」の危機と
予算を死守するコストコントロール
Q. 長期プロジェクトのなかで、特に印象に残っている困難な局面はありましたか。
古塚: 進行途中で、当初予定していたホテル事業者が撤退されたことです。連絡を受けた瞬間は、正直「ここまで積み上げたものが崩れるかもしれない」という大きな不安を感じました。
新たな事業者探しだけでなく、条件変更に伴う設計の大幅な見直しの可能性も出てきます。スケジュールもコストも、一歩間違えば破綻しかねない状況でした。まず冷静に影響範囲を洗い出し、発注者へ「今取るべき最善の選択肢」を複数提示したうえで、各所への再調整に走りました。
Q. コスト管理の面でも、設計施工者が既に決まっている状況下での調整はシビアだったと思います。
古塚: 施工者から提示される見積もりに対して、社内のコスト管理部門と連携し一つひとつ詳細な査定を行いました。ただ、私たちが行ったのは単純なコストダウン交渉ではありません。設計者と共に「機能や価値を下げずに無駄を省く」VE(バリューエンジニアリング)提案の検討を重ねました。
既存内装の解体後にはじめて判明した老朽化対策の追加費用などもありましたが、必要となる費用は髙島屋様へ丁寧に説明しながら調整を進め、最終的には再設定した予算内で着地させることができました。

イケフェス2021公式ガイドブックの巻頭を飾るなど、大きな注目を集めました。
「『変わらない』のに、あたらしい」
重要文化財指定への挑戦
Q. 改修後に「重要文化財の指定を受ける」という目標も、難易度の高い挑戦だったのではないでしょうか。
古塚: 着任当初は計画の方向性が定まりきっていませんでした。基本計画が進む中で、髙島屋様の「重要文化財の指定を受けたい」というご意向がより明確になっていった時期でもありました。
また、プロジェクトでは髙島屋様の企業メッセージでもある「『変わらない』のに、あたらしい。」というコンセプトが共有されていました。そこでまず、関係者が迷ったときに立ち返れる共通の軸を持つことが重要だったと考えています。
Q. 歴史的建築の用途変更と重要文化財指定の両立は、法律や技術の壁も高そうです。
古塚: 私たちのネットワークを活かし、昭和設計のOBでもある歴史的建築の保存・活用に豊富な知見を持つ専門家をコンサルタントとしてチームに加えました。専門家を交えて「どこを残し、どこを改修するか」の判断基準を策定し、技術的な最適解を導き出しています。用途変更に伴う法的制約をクリアにするため、行政協議にも自ら同行し、設計者とともに粘り強く折衝を重ねました。

多様な想いをつないで実現した「Win³」とCMの醍醐味
Q. 数々の困難を乗り越え、プロジェクトを終えられた時の成果と率直なお気持ちをお聞かせください。
古塚: 関係者が一丸となって取り組んだ結果、賃貸面積は従前の約4倍に拡大し、館全体の収益性を大きく向上させることができました。そしてリノベーション完了後、無事に重要文化財の指定を受けることができました。
発注者様から「CMに居てもらわなければ、ここには至らなかった」というお言葉をいただき、また設計施工者やホテル関係者からも感謝の言葉をいただき、すべての苦労が報われた思いでした。
Q. 最後に、この記事を読んでいる方へメッセージをお願いします。
古塚: 私たち昭和設計のCMは、単なる図面上の管理業務ではありません。お客様の真の課題や不安に寄り添い、時に粘り強く人と人を繋ぎ、専門的な知見をもって「プロジェクトの最適解」を創り出していく仕事です。
発注者の要求達成、関係者に対する円滑なプロジェクト運営、そして地域社会の活性化。この三者に価値をもたらす三方良し(Win³)を実現できたことは、私の大きな誇りです。
複雑なパズルを解き明かすような苦しみは確かにありますが、多くの関係者と力を合わせて一つの答えを導き出し、完成した建築が新たな価値をまとって街に受け継がれていく姿を見る瞬間には、大きな達成感があります。
今後もお客様のお悩みに寄り添いながら、多様な関係者をつなぎ、それぞれのプロジェクトにとっての最適解を目指していきます。










